ヘテロクリニックの日記

病院勤務医時代に、今の医療体制では患者さんも医療者も幸せになれないのではと感じ、誰もが笑って幸せに生きる医療を届けるべく自由診療を開始しました。癌治療、緩和ケア、訪問診療などの経験を活かし、病気による人間関係、現在の医療問題、就労問題などを楽しく書こうと思います。

私がへテロクリニックでこの仕事を始めたわけ(12)

入院患者さんにはいろんな方がいます。

 

私は出会う患者さんの言葉に影響されることや

考えさせられることも多くありました。

そんな中、ある人の言葉を聞いて自分の人生をどうしていきたいのか

悩み始めました。

 

80歳を超える男性が入院されました。

その方は癌ではなく総胆管結石という病気でした。

たまたま受けた健診で超音波検査をした時に

胆管というところに結石があり、今後胆管炎を起こすリスクがあるため

胆管結石の砕石をするため入院となったのでした。

 

初めてお会いした時、にこやかにとてもゆっくりとお話しされていました。

「あの〜、お世話になります・・です。あ〜っと。

先生にいろいろ聞きたいんですが〜え〜っと、何から話そうかな、、、。

僕の病気というのは、、、。」

とてもゆっくりと話し、少しとぼけたような感じでした。なかなか話が進みません。

聞きたいことがまとまらないのかな?

そう思いながら話に耳を傾け一つ一つ質問に答え、

今後の治療の予定を話していきました。

最後にわからないところや質問はありませんかと聞くと

突然人が変わったようにスラスラと話し始めました。

「ありがとう。きちんと聞いて説明してくれて。

いや〜こんなにちゃんと対応してくれると思わなかったよ。」

そう言いました。

「僕は人を見るのが好きでね、相手がどんな人なのか観察するのが好きなの。

お医者さんってどんな人なのか興味があったんだよ。君みたいな子は初めてだよ。

前に入院したところはさ、、、。」

なるほど、あえて自分を装ってこちらの反応をみていたのだと思いました。

名刺を差し出されると、誰でも聞けばわかる有名な会社の会長さんでした。

「君なら信頼できるよろしく頼むよ。」

ちょっとびっくりしましたが、そう言っていただき少し安堵しました。

えらい人だからとか、どんな人だからというわけではないのですが、

少なくとも患者さんとの間に信頼が得られなかったり

患者さんが言いたいことが言えなかったり

医師の言いたいことだけを言うような一方通行になることは

避けたいと思って意識はしていたのでした。

ただ、なるべくトラブルになることは避けたいといった思いもありました。

それにしてもわざわざそんなことするなんて、何か試されているようにも感じますし、

正直ちょっと、面倒だなとも思いました。

いろんな患者さんがいるけれどみんな本当にどんな人かわからないものです。

 

入院翌日に治療が行われました。

順調に内視鏡下で砕石をして、

特に問題なく翌々日には彼が退院することになりました。

胆管結石の場合は特に合併症などなければ一週間もせず退院になります。

その日は週に一度、チームのドクターで回診をする日です。

といっても4人と少ないのですが。

そこには私の上司にあたる先輩の医師もいました。

上司は内視鏡の治療の時に彼に会っているのですが、

鎮静剤で彼が眠った後に会っているので直接対面するのは初めてでした。

またチームでの回診は患者さんの状態も確認しますが、

どちらかというと患者さんの治療方針をチーム内の情報として共有をする

意味あいが強かったのでした。

 

チームで彼の部屋を訪れます。

彼の病気のことについてはチーム内で共有されていましたが

私は彼が周囲に対してわざと装うことについては話していなかったのでした。

私が一通り彼の治療後の経過をチームの医師たちに話をした後、

彼が私の上司に以前と同じような少しとぼけた感じで話しかけました。

「ねえねえ先生。ええっと、あなた、僕の治療に立ち会ってくださった先生?

あのね〜ちょっと聞きたいんだけど〜。」

「あ〜はいはいはい。じいさん、あとでちゃんとこっちから話すからね〜。」

そう遮って病室を後にしました。

私の上司はおそらく相手がボケていると思ったのだと思います。

他の医師もすぐに続いて部屋を出ました。

実際に後の予定も詰まっていたのでした。

私はしまったと思いましたが、もう時すでに遅しです。

私は彼に一礼して病室を去りました。

上司の去り際をみる彼の目つきの鋭さにドキッとしてしまいました。

 

「さきほどは大変失礼しました。」

回診が終わった後、彼の病室に行き謝罪にいきました。

 

「君はどうしてここに勤めようと思ったの?」

突然彼から聞かれました。

 

「そうですね、私は研修医の時に自分と同じ世代の方の癌の治療を経験して

癌で苦しむ人に自分がどうサポートしていけばいいのか

学んでいきたいと思って、、、。」

「君はここでそれができているの?ここでそれをやりたい理由は何?」

「それは、、、。そうですね。

私にはまだまだいろんな経験を積む必要がありますので、、、、。」

「ちゃんと考えなさい。どうしてここを選んだのか?

ここでいつまで働くのか?これからどうしていきたいのか?

どんな人間になりたいのか?自分にいま必要なことは何か?

自分にどんなことができるのか?

君の良さをどう活かしていくのか?

これからのこと、もっときちんと考えなさい。

本当にずっとここにいたいと思っているのかね?」

 

突然そんなことを言われるとも思っていなかったので、

私は黙ってしまいました。

 

「わかりました。ありがとうございます。」

 

実のところ、彼から指摘される前からずっと悩んでいたことだったのでした。

私はこれからどうしていきたいのだろう。

確かにここにいると多くの患者さんに会います。

ただ毎日忙しさに追われ、流れ作業のように患者さんの対応をしていき

一人一人と向き合う時間があまりにもないと感じていました。

やるべきとされていることも多く手が回らないとも感じていました。

論文を書く、研究をする、学会に出るための発表をする、資格をとる

日常の業務以外のことの方が興味のある人も多くいました。

私はそちらに関しては全く手がつけられず

自分はダメな人間だと落ち込むこともありました。

このままで本当にいいのだろうか。

こころのことを学びたいと思っていたものの

そんな余裕はなく、周囲に流され、

いつの間にか周囲と同じようなことをするのが当たり前のようになっていました。

 私はこれからどうしていきたい?

 

彼が退院の日、

「これからも頑張って。君なら大丈夫。」

そう言われたものの

これからどうしていこう?私がここでできることは?

答えが出せずにいました。