ヘテロクリニックの日記

病院勤務医時代に、今の医療体制では患者さんも医療者も幸せになれないのではと感じ、誰もが笑って幸せに生きる医療を届けるべく自由診療を開始しました。癌治療、緩和ケア、訪問診療などの経験を活かし、病気による人間関係、現在の医療問題、就労問題などを楽しく書こうと思います。

私がヘテロクリニックでこの仕事を始めたわけ⑺

周りにどう言われようとも

本人がどうしたいか決心していれば、

結果的に納得する人生を送ることができるのかもしれません。

それは治療をすることであっても、治療をしないことであっても同じです。

 

「もう治療したくありません。」

ある時、患者さんからそう言われました。

その方は70歳の男性で肝門部胆管癌という病気でした。

 

肝臓の中を走る胆管という部分に癌ができていました。

癌によって胆管を流れる胆汁が流れなくなることにより

黄疸という症状がでます。

通常、胆汁は肝臓で作られ、胆管を通って腸に排出されます。

胆汁は食べた食事の脂質などを腸で吸収しやすくする大事な消化液です。

胆汁がうまく排出されなくなると胆管の中に腸内の細菌が繁殖し

胆管炎を起こし重症化することがあります。

この胆管炎が契機で亡くなることもあります。

早ければ本当にその日のうちに亡くなることもあります。

癌そのものではなく胆管炎という感染症で急変するリスクがあるのです。

 

長々と書きましたが、要するに胆管の通りをよくしなければ

胆管炎ですぐに命を落とすリスクがありますということです。

 

そういった理由で、彼には癌で閉塞した胆管を広げる処置が内視鏡でされていました。

胆管の中に人工的なチューブを入れて胆汁が腸に排出されるようにしています。

しかしこのチューブはすぐに内部が詰まってしまいます。

その度に内視鏡を使用して、胆管にチューブを入れ替える処置を繰り返していました。

そのペースは早く、1ヶ月おきほどで入退院を繰り返していました。

 

文章だけでは非常にわかりにくいと思いますが

とにかく本人にとっては入院はとても負担でした。

チューブを入れ替える前は絶食状態になります。

入れ替えて退院できたと思えば、すぐにチューブが詰まり再入院です。

満足に食事もできないし、ここしばらく家よりも病院にいるほうが

ずっと長い状態になってしまったのでした。

 

本人にとっては家のようなくつろげるような環境にほとんどいられず

絶食で食べられない期間が長く、

一体なんのために生きているのか

よくわからなくなってしまったのでした。

 

そういった理由である時治療をすることを拒否したのでした。

胆管が閉塞してしまえば一気に亡くなる可能性が高いことは

本人もわかっていました。

しかし、もうそれでよい。死んでいい。

思うように生きられないことのほうがずっと苦痛であると。

もう病院にいたくない。

実際にそうだったと思います。

 

彼の家族はアメリカにいました。

時々アメリカから来られていたので病状も知っていました。

彼の決心を伝えたところで彼の家族は日本に戻ることになりました。

 

私は在宅医療をしてくださる医師を探し、在宅でできる範囲の治療をしながら

自宅療養することになりました。

しかし、あとどのぐらい持つだろうか。

そんなことを思いながら退院する彼を見送りました。

 

それから約半年後、彼の娘さんが私に会いに来ました。

 

彼はこちらの予想に反してとても長くみんなと過ごせたようでした。

「何度も胆管炎で発熱を繰り返しながら、抗生剤などを使用し

なんとか持ち直していました。

ごはんも食べられ、何よりもずっと一緒に暮らせなかった家族がそばにいることが

本人が安心でき、本当によかったようです。ありがとうございます。

私たちも一緒に過ごせて本当によかった。」

 

そう言って何度もお礼を言われました。

私はそうだったのかと思いながら、

死んでもいいから好きなようにしたいという思いは強いのだと思いました。

それならばよかった。

 

前回の90歳の癌治療にしても、今回の70歳の治療中断にしても

やはり自分がどうしたいかがはっきりしていて

それに納得できていれば

結果的に本人の望む生き方ができるのではないかと思ったのでした。

 

癌治療は年齢や体の状態も安全に行うための大切な判断材料ですが、

そこにどう生きたいかという話あいも必要であると考えています。