ヘテロクリニックの日記

病院勤務医時代に、今の医療体制では患者さんも医療者も幸せになれないのではと感じ、誰もが笑って幸せに生きる医療を届けるべく自由診療を開始しました。癌治療、緩和ケア、訪問診療などの経験を活かし、病気による人間関係、現在の医療問題、就労問題などを楽しく書こうと思います。

私がへテロクリニックでこの仕事を始めたわけ(11)

そろそろ、私のきっかけ話は終わりにしたいなと思っています。

といいつつ書いてしまう、、、。

病院勤務時代に本当に考えさせられた経験があったから

今の私がある、改めて思います。

 

今回は医師の話です。

医師は普段どんなことをしているのか知っていますか?

町のクリニックなどでは外来診療などをしています。

診察室で患者さん一人一人を診察しているので、

患者さんは順番に呼ばれるまで待合室で待っているといった感じですね。

診療時間が決まっているので、何時になったら受付終了となります。

(もちろん、診療時間外に仕事をされていることもたくさんあるのですが)

 

一方、大きな病院は勤務体制も仕事内容も様々です。

正直なところ、私が大学病院に勤務していたときは

何時から何時までが仕事の時間という区切りがありませんでした。

 

私の場合は曜日ごとで仕事の内容が変わりました。

午前中に外来診察をしたり、午後から内視鏡検査をしたり、

別の日には午前中は病棟の患者さんの診察をしながら、

救急に運ばれる患者さんを対応することもありました。

毎日絶えず入院があるので、その都度新しく入った患者さんへ

病状や治療の説明をするといった感じでした。

患者さんの人数が多かったり、重症な方がいるほど

夜自宅に戻ってもつい患者さんのことばかり考えて

疲れているはずなのに眠れないなんてこともありました。

 

一日の流れはこんな感じです。 

朝、出勤すると入院している担当患者さんの様子を伺いに行きます。

担当患者さんの人数は少なければ10人ほど多いと30人ほどです。

その後、朝の全体のミーティングが30分ほどあります。

ミーティングが終わると各自が外来診療、外来内視鏡検査、

病棟内の患者さんの検査、病棟内の患者さんの診察などに分かれます。

お昼すぎぐらいにそれらの業務が終わると、

また午後からそれぞれの診察や内視鏡検査などが始まります。

昼食をとることができる日もあればできない日もあります。

そうしている間に救急などから、緊急を要する患者さんが運ばれ

対応するといったぐあいです。

よく聞く教授回診なんていうものも週に一、二度あります。

 入院患者さんが多いと教授が全員の患者さんに会うことも時間がかかるものです。

また夜から担当患者さんの治療方針についての会議をすることもあります。

日中の業務がひと段落するころは21時〜22時ぐらいが多いです。

消灯時間前に再度患者さんに会いに行って様子を確認した後

カルテをまとめたり、診断書などの書類を作成したり、

翌日の準備をしているとあっという間に時間は過ぎ

その日のうちに自宅に帰ることができればラッキーでした。

 

患者さんの治療に関する会議では大抵

スクリーン上に画像検査を出しながら、その人の血液検査などを参考に

臓器の機能がどうなのか安全に治療ができるのか検討されていきます。 

本来は患者さんにとってのベストな治療をするために

行われているはずのものですが、

こういった会議などでよく起きがちなことは

「病気をみて、人をみない」といったことのように感じます。

これはある意味仕方がなく起こってしまうようにも思います。

というのも、それぞれの医師があまりにも時間がなく、

人(患者さん)と向き合う時間がないからです。

そのため検査の数値や画像での評価ばかりが優先されてしまいます。

実際患者さんと会うような外来診察であっても、

多くの患者さんが短い時間を流れるように過ぎていくので

患者さん個人の情報が希薄になりがちなのではないかと思います。

 

ですから、例えば同じチーム内で意見を共有しているはずの

医師同士であっても患者さんの名前と診断名だけでは、

それ誰だっけ?何の病気の人?となることもあります。

画像写真をみて、「ああ、この人ね!」とわかる医師も多いです。

 

また、患者さん本人がおいてきぼりになったまま治療だけが進むこともあります。

おいてきぼりとは言いすぎかもしれませんが

患者さんは実態がよくわからないまま、言われるまま、

されるがままのように感じることもあるようでした。

検査や治療が急を要することは頭では理解はできるけれど、

気持ちがついていかないといったこともあるようでした。

 

基本的には患者さんへは説明後に同意を得て治療は進められています。

「この病気の標準治療はこういうものです。

様々な条件を踏まえた上であなたの場合はこれが適切です。

また、・・%の割合でこういう不具合、合併症が出る可能性があります。」

といったような話がされます。

病院は可能な限り命を救うことを優先しますし、

緊急性があれば、患者さんも迷う時間はありません。

お任せするほかないとなることもあるでしょう。

しかし、理解の追いつかないままに治療がされ、後になってから

「こんなことは聞いていない。」

「こんなはずではなかった。」

と反発が起きやすいように感じました。

 

医師は自分たちはこうするべきという信念を持って

正しいことをしていると感じているのではないかと思います。

それは間違いではありません。

患者さんを救うことが本来の仕事です。

しかし、時間の余裕のなさや忙しさにもあり、

患者さん自身の価値観であったり、

患者さんによりそうようなことまではできないために

意思疎通がうまくいかなくなっているようです。

そのため医師に強制させられるように感じたり

自分の話を聞いてもらえないと感じたりします。

今の医療体制で医師が実際にそこまで関わることは限界です。

私自身、可能なかぎり患者さんのわだかまりがないように

きちんと患者さんと向き合えるように

時間を割くよう努力をしていました。

しかし、緊急の仕事も多く、患者さんの家族からどうしても話がしたいと

先生の仕事が終わるまで待ちますと深夜の3時まで家族が待っていたり、

早朝6時に話を聞きたいと家族の方が来られたりといったことが起き

自分自身の体が持たなくなったこともありました。

 

また癌治療の難しいところは、

癌そのものへのアプローチだけでなく

治療の副作用で起きる患者さんの体の状態が

治療を安全に進められなくしてしまうことです。

これ以上治療をすると体が持たなくなるため治療を中断することもあります。

ここで治療はもうできませんと言われると

人によっては見捨てられたように感じる人もいるかもしれません。

 

そう考えると、患者さん自身が今を生きることを意識した時に

何を望むのか、どういう生き方をしたいのか、

向き合える環境というのは常に必要なのではないか

そのように感じるのです。

 

ただ癌に勝つということではなく

どんなことをしていきたいのか

どんな人生を送りたいのか

病気であっても病気でなくても自分はどうありたいのか

冷静に自分の人生を見つめられる場所が必要なのではないかと

感じるのです。

こういった理由から、医師の知識を活かしながら

自分の人生を生きることを軸にカウンセリングをしていきたいと

感じるようになりました。